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星の小父さまフォトつづり

写真を中心とした気ままなミニエッセイ風


by h6928

今日は「蚕起食桑」だって

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ハルジオン
大正時代に北米から観賞のために持ち込まれたという。確かに花は良く見ると可愛らしい。また、株によって微妙に色合いが違っていて紫色の濃いものもあって、園芸植物だった名残もある。蕾のうちは恥ずかしそうにうつむいているのは、いじらしい。それでも今は「貧乏草」と呼ばれることもある強力雑草だ。



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ヒメジョオン
ハルジオンにそっくりだけれど、良く見れば微妙に違う。こちらは茎の中が詰まっていてしっかりしている。葉の付き方も写真で比べれば違いが分かる(はず)。一見して違うのは、ヒメジョオンの蕾はほとんどうつむかない。この写真のはへそ曲がりなのがいるけれど。こちらの方が渡来は早く、明治の初期には来ていたという。最初は、あっという間にこっちがはびこったが、後から入ってきたハルジオンとの戦争に負けて、今では田舎の方にひっそり残っている。そういう話しを中学生の頃図書館で読んで、植物にも戦争があることを知ったのだった。



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ゼンマイ
昔は機械の動力に使われた「ぜんまい」だが、今はオルゴールくらいしか実用のものは見られなくなってしまった。ちょっと前までは、時計はほとんどぜんまいを巻いて動かしていた。ソーラー電波なんて代物はなかったからなぁ。その「ぜんまい」が先か。植物のゼンマイが先か、考えると夜も寝られなくなりそう。シダの仲間はほとんどが芽出しの頃には拳状になっている。ゼンマイは、機械ものに使われるぜんまいのように平たく巻いている。山菜としては有名で、ちょっとした山道のガレ場には良く摘み取られた痕跡が見える。それでも、この写真のようにすぐに次の栄養葉を出して復活するから、たくましい。昔から、山菜としては胞子葉を採らない決まりだった。資源保護の意味があったのだろうか?



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タラの芽
何度も何度も、出ては摘まれてまた復活したタラの芽があった。山菜の王様級で、人に見つかったら芽を欠かれてしまうかわいそうな木だ。たくさんの棘で武装していても、人の欲には勝てないようで、見つかる前に食べられなくなる程急成長してしまうのが一番。折られた芽の後から、金色の涙のような樹液が出ているのを見たことがある。お労しや・・・・・・。



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ヤマボウシ
この時期の山の緑に、白を添える一員。まるでハナミズキのようだが確かに親戚だ。この木は、ボクには「繭玉の木」だった。小正月になると母が米粉で繭玉をこしらえて、父が採ってきたヤマボウシの枝に刺して飾った。小枝が三椏くらいに分かれていて、繭玉を刺すのにちょうどよいバランスになった。父はその木のありかを決して教えてくれなかった。今考えると、当時は炭焼きや薪としての利用があり、大概の雑木はある程度の大きさになると切り倒されて利用されていたのだ。だから、今のように手入れをされなくなった山々に咲くような、大きなヤマボウシの木は無かったのだろう。花が咲かないから木そのものを覚えるしか無く、見つけたその木は貴重だから、子供にさえも教えなかったのだろう。



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フタリシズカ
春になるとヒトリシズカの若芽が伸び出して、その可憐な姿に静御前を連想させられたのだろう。フタリシズカは、よく似ているけれど、もっと大きくてガサツの感がある。名前のように穂のようになっている花序を2本出すが、3本だったり4本のこともある。この写真の個体は4本だから「四人賑やか」かな?
by h6928 | 2013-05-22 19:49 | Comments(0)